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プロが挑む地方発インディペンデント映画『なつやすみの巨匠』の舞台裏を語る<前編>

2015年6月29日

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プロが挑む地方発インディペンデント映画『なつやすみの巨匠』の舞台裏を語る<前編>
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©「なつやすみの巨匠」製作委員会

「おまえば、女優にしちゃる!」

そんな博多弁の台詞がみずみずしい映画『なつやすみの巨匠』(7月11日公開)は、10歳の少年が経験する“ひと夏の恋の物語”だ。

舞台は博多湾に浮かぶ小さな離島・能古島(のこのしま)。父親から古いビデオカメラを譲り受けた主人公・シュンは、親友2人と映画作りに熱中する。

ある日、ワケありで島に渡ってきた碧眼の少女・ユイと出会ったシュンは、強引に彼女をスカウトして──。

冒険、初恋、広い世界との出会い、そしてホロ苦い別れ。誰もが経験する成長の1ページが、ここでは鮮やかに切り取られている。

能古島の豊かな自然を映した映像はどこかノスタルジックで、子供の頃、夏の晴れた朝にふと感じた胸の高まりが蘇ってくるほどだ。

オーディションで選ばれた地元の子供たちが主役を務め、福岡出身の豪華キャストが脇を固めたこの作品。

企画・脚本は、映画『白夜行』やドラマ『相棒』など数多くの人気作を手がける入江)信吾が手がけている。業界の一線で活躍する脚本のプロが、なぜCAMPFIREのクラウドファンディングを用いて映画作りに挑んだのか?

その理由を詳しく繙いてみると、そこには今の映画業界への強烈な危機感、さらには地元・福岡とそこに住む家族への尽きせぬ思いが浮かんできた。

2回に分けてお届けするロング・インタビュー。前編では脚本家としてのバックグラウンドから、ドラマ『相棒』で学んだもの、映画化を思い立ったいきさつ、さらには地元・福岡への想いまでをたっぷり語ってもらった。

(後編記事はこちらから)

1人で「映画制作部」を立ち上げた高校時代、作品中に散りばめられたオマージュの数々

ー最初に少しバックグラウンドを伺えればと思います。そもそも入江)さんは、なぜ脚本家の道に進まれたのですか?

入江 信吾) 子供の頃から映画やテレビは大好きだったんです。福岡で過ごした高校時代には自分で「映画制作部」というのを立ち上げ、 自主映画を作ったりしました。

当時はちょうどハンディカムビデオが広く普及してきた時期で。8ミリフィルムに比べて機材の扱いも楽になっていた。

最初は僕しかいなかったんですが、面白そうだからと友だちも手伝ってくれて。最終的には部員が10人くらいにはなったのかな。その部、今でも続いてるんですよ。

ーすごい! 1976年生まれなので、90年代初頭のお話ですね。

入江) はい。そんなわけで映像業界への憧れは強かったんですが、高校を出ていきなり飛び込む勇気はなかった。

下手なりに映画を撮ってみて、自分にはあまり映像のセンスがないことも分かっていました。それでいったん経済学部に進んだんです。

でもやはり諦めきれなくて。文章を書くのは昔から好きだったし、派遣社員をしつつ脚本家の下積み修業を始めて…。ギリギリ30歳になる前に運よくデビューできたと。大体そんな感じですね。

ーそういう原体験は、今回の『なつやすみの巨匠』にも色濃く反映されていますよね。例えば主人公のシュン少年も、父親にもらったビデオカメラで映画作りの面白さに目覚めますし。あとは物語の端々に『E.T.』や『スター・ウォーズ』へのオマージュが散りばめられていて。

入江) その辺はもろに、自分の生い立ちが出ちゃってますね(笑)。

ー例えばシュン少年が年代物の大きなビデオカメラを見て、「うあぁ、これカッコよか!」と大喜びするシーン。自分だけの“武器”を手に入れた子供の高揚感がよく伝わってきて、ちょっとライトセーバー(スター・ウォーズに登場する剣)を連想したりしました。

入江) たぶん男の子って、今も昔もそういう無骨なデザインに惹かれがちだと思うんですよ。最近はスマホで動画も簡単に撮れちゃうけれど、誰でも持ってる道具だとやはりワクワクしない。

あとストーリー的には、「父親から譲り受ける」というのも大きな要素でした。お父さんに褒めてもらいたいと願ったからこそ、あの少年は夏休みに映画を完成させようとがんばった。それは同時に、僕自身が一番描きたかった気持ちでもあるんです。

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▲熱く語ってくれた入江)信吾さん

父親への想いと、今の日本映画界への義憤、『なつやすみの巨匠』を企画した2つの理由

ーどういうことでしょう?

入江) 僕の両親は今でも福岡にいますが、父親は数年前から糖尿病で入院生活を送っています。病院から一歩も出られず、緑内障から目も全く見えなくなってしまいました。

これまで親には散々心配をかけてきて、やっと自分の書いた脚本をテレビで観てもらえるかと思ったら、皮肉にもこんな事態になってしまった。

では今の自分に何ができるかと考えたとき、ふと思い付いたのが「日頃から馴染んだ博多弁でドラマを書けば、目は見えなくても、耳で楽しんでもらえるんじゃないか」ということでした。

ーなるほど。

入江) 脚本家の道に進んだことで、正直、親父とはいろいろ衝突もしましたし。せめて親孝行のまねごとでもしたかった。また、19歳まで福岡で過ごした僕にとっては、たまたま地元を出て19年目の節目にも当たっていたので。

自分の半生を振り返る意味でも、ちょうどいいタイミングかなと思ったんです。『なつやすみの巨匠』を企画した理由はいくつかありますが、個人的にはこれが一番大きかったですね。

ー他にはどんな理由があったんですか?

入江) もう1つ大きかったのは、オリジナルへのこだわりです。昨今のテレビ・映画業界はいわゆる「原作もの」が主流で、手間ひまかけてゼロから企画を立ち上げる意識がどんどん希薄になっている。

これは映像の業界で働くプロとしても、いち日本映画ファンとしても日々痛感しています。もちろんマンガ原作が悪いとは言いません。でも、それだけだと独自のコンテンツを創りだす能力が業界から失われてしまう。そういう現状への苛立ちもありました。

ー人気原作の映像化権が取れれば、それだけで一定の集客が見込めますからね。でも、それだけだとツマラナイと。

入江) 例えば最近の企画書はまず数字から入るんですよ。「発行部数が何十万、主演俳優のツイッターフォロワーが何万人」という感じで。そうやって作るから、どれを観ても同じ俳優が同じような役柄を演じることになってしまう。

余計なお世話かもしれないけど、それって出る側にとっても観る側にとっても不幸だと思うんです。

なんて不満を、以前一緒に仕事をした中島良監督としょっちゅう話していて。だったら本当に観たい映画を、自分たちの手で作っちゃおうよと盛り上がった。それがちょうど2年くらい前かな。

ー高校時代の映画制作部経験が活きたわけですね。

入江) 正直、最初はもう少し自主映画っぽいものをイメージしていて。こんなに大規模な話になるとは思ってなかったんですけど(笑)。ただ、せっかくプロとしてこの業界で働いてるからには、自分でリスクを背負っても一矢報いたい。

そういう義憤みたいなものはありました。それと、父親への個人的な思いとが重なって、プロジェクトに発展していったんです。

面白い話を書けば視聴者は振り向いてくれる! ドラマ『相棒』で培った脚本家の矜持とスキル

ー話はちょっと逸れますが、入江さんがメイン・フィールドにしている刑事ものやサスペンスというのは、テレビドラマの中でも比較的オリジナル脚本の比率が高いジャンルですよね。

入江) その通りです。僕が参加していた『相棒』も、基本的にはすべて脚本家のオリジナル・エピソードだし。

そのクオリティーを地道に上げることで、長い時間をかけて根強いファンを獲得していきました。僕がデビューしたのは“Season4”ですが、『相棒』が真にブレイクしたのは“Season5”からなんです。

面白い話をコツコツ書き続けていれば、視聴者はきっと振り向いてくれる。そう肌で感じられたという意味でも、『相棒』に参加できた経験は大きかったですね。

ーテレビ業界では、『相棒』はシナリオを何度も練り直すことでも知られています。プロとして一番鍛えられた部分を挙げるとすると?

入江) うーん……作品と商品の違いを意識すること、かな。シナリオの核にある脚本家の思いというのは、もちろん大事です。それがないと単なる工業製品になっちゃう。ただ、だからといって作家性に走りすぎてはダメ。

例えばサスペンスでも「どうです、このトリック!凄いでしょう」みたいに技巧が勝ちすぎると視聴者はすぐ醒めてしまう。要は作り手の“どや顔”が見えるとダメなんです。個人的な経験を下敷きにする場合でも、ある程度の普遍性を持たせられないと、誰も共感してくれません。

視聴者に媚びるのではなく、ちゃんとエンターテインメント商品として仕上げる。そういうプロとしてのバランス感覚は『相棒』で非常に鍛えられたし、『なつやすみの巨匠』を作るうえでも強く意識しています。

ー具体的にはどういった部分でしょう?

入江) 大きいのはやはり、プロットの組み方ですね。どんな設定を準備し、どういう順番でどう展開させれば、100分という時間を飽きずに観てもらえるか。その構成はサスペンスで一番鍛えられた部分でもあるし、今回の脚本でもかなり緻密に考えています。

先ほどお話ししたように、この話のベースには僕自身の父親への思いがある。ただ、よくある自主製作映画みたいに、作り手の感情をダイレクトにぶつけるものにはしたくなかった。

むしろその真逆で、家族みんなで楽しめる娯楽作にしたかったんです。父と息子の物語に初恋という要素を入れて、よりポップな仕上がりを意識したのも、そういう気持ちが強かったからです。

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©「なつやすみの巨匠」製作委員会

フェリーで10分あれば渡れる、“近くて遠い異界”、博多湾に浮かぶ離島・能古島を舞台に選んだ理由

ー物語の舞台は、博多湾に浮かぶ能古島(のこのしま)です。なぜこの場所を選んだのですか?

入江) この島は福岡市民にとって、一番身近なリゾート地みたいなもので。僕も子供の頃、親によく連れていってもらいました。フェリーで10分あれば渡れちゃうのに、自然が豊かに残っていて…。本土とはまるで違う時間が流れている。

いわば“近くて遠い異世界”として、昔からずっと気になっていたんです。中島監督とシナハン(シナリオハンティング:脚本を書くための現地取材)で福岡に帰った際、案内したら彼もえらく気に入ってくれて。

ーすぐ近くに博多という大都会があるのに、この物語は最初から最後までほぼ能古島の中で展開します。この描き方もユニークだと感じました。

入江) 福岡を舞台に映画を作ろうという気持ちは揺るがなかったけれど、いろいろ詰め込みすぎると観光PR映画みたいになっちゃうでしょう。

それよりも少年の中にある「近いんだけど、歩いては渡れない」という独特な距離感を描いてみたいなと。ネタバレになるから内容は言えませんが、ラストのある展開も、この島が舞台だからこそ成立するアイデアで…。

ーああ、言われてみればたしかにそうですね。

入江) こればかりは僕自身が19歳まで福岡で暮らしたからこそ生まれたアイデアで(笑)。シナハンを2〜3日した程度では、まず思い付かない。

そういう意味では、とんこつラーメンも博多祇園山笠も出てきませんが、どんな映画より福岡を描いたという自負はあります。

後編では日本映画界に対する“義憤”から、独立系では異例の豪華キャスティングが実現した舞台裏などをお届けします。どうぞお楽しみに!

【『なつやすみの巨匠』作品情報】

  • 企画・脚本:入江信吾
  • 監督:中島良
  • プロデューサー:半田健
  • 出演:野上天翔 / 村重マリア / 永江蓮 / 東倫太朗 /博多華丸 / 落合モトキ / 安達葵紬 / 板谷由夏/ リリー・フランキー / 国生さゆり
  • 音楽:江崎文武
  • 制作・配給:オフィスアッシュ
  • 製作委員会協力:エモテント
  • 製作:「なつやすみの巨匠」製作委員会
  • 協力:福岡市
  • 主題歌:井上陽水「能古島の片想い」

【『なつやすみの巨匠』上映情報】

期間:2015年7月11日(土)〜
会場:福岡中洲 大洋劇場
詳細はオフィシャルサイトから

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(Last Update:2016年9月12日)