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90年代のHIP HOP史に残る瞬間を現世に蘇らせる|フォトグラファーAtsuko Tanaka

May 27, 2015

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90年代のHIP HOP史に残る瞬間を現世に蘇らせる|フォトグラファーAtsuko Tanaka

昨年9月26日より開催された写真展【New York Before Zeros-The Golden Age Of Hip Hop】
を原宿SUZUカフェで開催し大成功をおさめ、この春 Shibuya NOS ORGにて開催されたWax Poetics Presents 写真展「The Legends of New York Photo Exhibition」に参加したAtsuko Tanakaさんにお話しを伺いました。

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ープロジェクト達成、写真展開催おめでとうございます。
Atsuko Tanaka)ありがとうございます。

ーまずは今回のプロジェクトの発端を教えてください。

Atsuk) 私の写真展の企画とプロデュースを一緒にやっている友人と何かイベントをやろうと話したのがきっかけです。

友人はシンガーで、彼女が毎年母の日にやっていたライブイベントがあって、2013年の時に私が来て下さった方達の写真を撮るという形で参加させてもらいました。

その後もまた何か一緒にやりたいねという話をしていて、SUZUカフェで何か出来そうだということで、場所を見に行ったら、大きい壁に絵が飾られたりしていて、「そこで写真展をやったら良いのではないか」と言う話が出て、予想もしていなかったのですが、私の写真展をすることが決まりました。

その後、写真展のテーマはどうしようか?ということで、ちょうどその頃90年代のファッションや音楽が再注目され始めたこともあり、私の大好きな90年代HIP HOPでいこうとなったんです。

写真展を開催するにあたって必要な費用をどうするかという悩みの中で、クラウドファンディングを使ってみるのが良いかもしれないという案が出て、CAMPFIREで資金調達に挑戦してみることにしました。

ークラウドファンディングの期間中の心情はどんなものでしたか?

Atsuko)資金が集まるか、終始ドキドキでした。SNSやBLOGで告知はしていましたが、私が撮っている写真を昔から見ていてくれて「ファンです」と言ってくださる方が現れたり、思ってもいなかった反響もあって、自分のSNSだけでは繋がれないような方達ともクラウドファンディングを通じて繋がれたので、やはり影響力が大きいんだなと思いました。

結果、たくさんのサポートして下さる方達のおかげで成功に終わって、本当にありがたかったです。

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ー写真展初日にDJを入れたレセプションパーティーを開催していましたが、当日の雰囲気はどんな感じでしたか?

Atsuko)レセプションはSUZUカフェを貸し切って行い、来場者の方にファッション側からも楽しんでもらえるように、ドレスコードを90年代に設定しました。

普段は全くHIP HOPを聞かない友達とかも90年代HIP HOPを意識した格好をして来てくれたりして、楽しかったです。

あと今はもうクラブは中々行かなくなってしまった方達も当時の写真を見ながら、90年代HIP HOPを聞いて、色々と思い出したり感じてもらえた様で、とても良かったです。

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▲90年代ファッションに身を包んだ来場者のみなさん

ー写真展では、額装した写真の周りをさらに花で飾るという展示方法が印象的でした。フラワーアーティストのマミ山本さんとコラボすることになった経緯など聞かせてください。

Atsuko)マミさんも以前からの知り合いで「いつか一緒に何か出来たら良いね」と話していたんです。昔からいつか自分の写真展をやることがあれば、ただ普通に写真を展示するのではなく、あまり今までにない形で見せられたらいいなと思っていました。

よくあるシンプルなものでなく、額にもこだわって、絵画などで使うようなゴージャスな物を使ったり、それぞれの写真に合ったものを選びました。レセプションパーティーの時には、マミさんにライブで花を活けてもらったり、写真展のレセプションとしては意外性もあって、沢山のゲストの方達に愉しんでもらえたと思います。

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▲レセプションパーティー時のマミ山本さんによるライブデコレーション

ー写真の技術などはどうやって身につけたのですか?

Atsuko)最初は語学留学でカリフォルニアにいまして、短大に入ってから写真を専攻して学びました。

最初は周りにいる友人なんかを撮らせてもらったりして、その中でも被写体は黒人を撮りたかったのですが、その当時、私が住んでいたのがオレンジカウンティーという地域で白人が多いエリアだったんです。なのでロスのクラブまで遊びに行き、そこで友達になった人にモデルになってもらったりして、撮影していました。

ーその後、短大卒業を機にNYに移られた感じですか?

Atsuko)はい、HIP HOPのアーティストを撮るのが夢だったので、それならやっぱりNYかなと。大学を卒業後、NYに移りました。

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▲渋谷のNOS ORGで行われた合同写真展の様子

ー95年頃といえばNYはちょうどHIP HOP黄金期でしたよね。その頃にNYのHIP HOPのアーティストやライブの写真を撮ったり、PVの現場などでもアーティストの写真を撮られていましたが、そういったコミュニティーへ入れた経緯などは?

また、当時NYCを拠点として発刊されていたHIP HOP・マガジン の「BEATDOWN」のお仕事を始めた経緯などもお願いします。

Atsuko)NYに移ってから自分のブックを持って音楽系の雑誌社などを周りました。そこで運良く、「BEATDOWN」という雑誌で気に入ってもらえて、たくさんのアーティスト達を撮る機会を頂きました。

ウータンクランのウーマンションへ行ったり、ビギーが亡くなった時の追悼曲のPVの現場に行かせてもらったり、今思い返しても、とても貴重な経験です。

ーNasの凄く自然体な雰囲気の写真も作品の中からお見かけしたのですが、あの距離感であの雰囲気で撮れるのが凄いなと思いました。あれはちょうど1stアルバムをリリースしたくらいの時期ですか?

Atsuko)そうですね。95年くらいだったからちょうど1stが出た後です。

向こうのアーティスト達はフレンドリーで、気取らず親近感がある人が多いんです。でもNasは大人しいタイプの人で、撮影の時はほとんどあまり動かないですけど(笑)。

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ー当時NYのクラブや撮影現場で会った日本人のアーティストの方っていますか?

Atsuko)DJ KAORIさんやDJ HIROさん、DJ MASTER KEYさんなどはクラブでプレイされてましたね。

ー何かその当時の撮影で面白いエピソードとかありますか?

Atsuko)色々ありますけど、ここでは言えないようなことが多いですね〜(笑)。まぁアーティストが取材に大幅に遅刻してきたり、取材中に何かが起こって、怒って帰っちゃうってことなどもありましたが、今思えばそんなこともあの時代だったから許されていたというか。今では結構皆さんきちんとされていますよね。

ー90年代HIP HOPの象徴ともいえるTimberlandのブーツのアーティストシリーズでの企画に参加されたのはどういった経緯で?

Atsuko)NYのクイーンズ、ブルックリン、マンハッタン、ブロンクス、スタテンアイランドの各地区からアーティストを選出して、それぞれが地区を代表してブーツをデザインするという企画で、クイーンズのアーティストとして私を選んで頂けたので、企画に沿ってベースとなるブーツを選んで、デザインや装飾をし、Atsuko Tanakaモデルをプロデュースして頂きました。2006年のことですね。

ーそれと同時期くらいかと思うんですが、NEWSWEEK日本版の「世界が尊敬する日本人100人」にも選出されています。

Atsuko)ある日突然連絡がきて、最初は何かの間違いじゃないかと思って「他のAtsuko Tanakaさんじゃないですか?」って聞いてしまったぐらいです(笑)。

現地のライターさんに取材を受けて掲載していただきました。選んで頂けたことをとても光栄に思っています。

ー日本に戻られたのは2011年ですが、日本ではどういった活動をしていらっしゃるんでしょうか?

Atsuko9主に広告や雑誌の仕事などをしていますが、いつも受け身でいるだけではなく、自分からも発信していきたいと思い、2年ほど前に「HIGHFLYERS」というWEBインタビューマガジンを始めました。

人生のヒントとなるようなことがたくさん書いてあると思うので、是非読んでみて下さい。それと昨年スタートした写真展もこれからも違う場所などで展開していきたいと思っています。

ー日本のHIP HOPアーティストの方も撮影されましたか?

Atsuko)日本に帰ってきてからだとニューエラのスタイルブックのお仕事の際に、S-WORDさんやXBSさん(ニトロ・マイクロフォン・アンダーグラウンド)などを撮らせてもらいました。

ーではそろそろ〆っぽく、Atsukoさんにとって写真とは?

Atsuko)うーん、そうですね。やっぱり写真というものは、その場にいないと撮れないし、過去のものは撮れない。

その瞬間でしか撮れないものじゃないですか。だからやはり歴史に残っていく貴重な資料だと思うんです。アートでももちろんあるんですけど、何十年、何百年経ってその時代の人が見ても「ああ、当時はこうだったんだな」って思えるアーカイブですかね。

ーそしてAtsukoさんにとってHIP HOPとは?

Atsuko)私の身体に染み付いているというか、昔聴いてたHIP HOPの曲を聴けば、自然とその頃の自分の感覚に戻るし、若い時の私に本当に多大な影響を与えたものですね。

HIP HOPがなかったらNYにも行ってなかったかもしれないし、今の私はあり得ないかもしれないですね。そういった意味でもHIP HOPに本当に感謝しています。

ーこのCAMPFIREでクラウドファンディングを考えているクリエイターの方にひとことお願いします。

Atsuko)どこでどなたが見てくれているか分からないですし、自分1人で出来ることには限界がある。何かをやり遂げるということは本当に色んな人の協力の上で成り立つと思うんです。

だから自分が何を表現したいか、何をやりたいのか、そして何のためにそれをしたいかを明確にして、その考えや情熱をきちんと伝えられれば、きっと賛同してくれる方がいらっしゃると思います。

ー最後に今後の活動などの予定は?

Atsuko)前にも言ったように、受け身側としているだけではなく、自分からも発信していける機会をたくさん作っていけたらと思っています。先ほどの「HIGHFLYERS」もそうですし、All AboutさんではHIP HOPについて隔週で記事を書いています。

あと9月頃からまた写真展をやる予定です。そして夢の一つとして、HIP HOPの写真集をいつか出せたらいいなと思っていて、またクラウドファンディングに挑戦するかもしれませんが、その際には是非ともサポートよろしくお願いいたします!

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【Atsuko Tanaka】

東京都出身。1991年に渡米、カリフォルニアの大学で写真を専攻する。95年にニューヨークへ拠点を移し、カメラマンとして活動を開始。

当時勢いを増していたヒップホップ・シーンとアーティストの姿をムードたっぷりに捕らえた作品は、日本やアメリカの雑誌を中心に掲載されるようになる。被写体の音楽性や芸術性も写真に収める田中のポートレート作品は音楽業界内でも評判となり、広告やアルバムカバーも手がけ始める。

2006年には『ニューズウィーク日本版』で「世界が尊敬する日本人100」の一人に選出され、翌年にはアメリカの靴ブランドTimberland 社の企画「The Boroughs Project」に参加。自らNY・クイーンズ地区代表のアーティストとして限定版ブーツのデザインを手がける。

この頃から音楽以外の写真も多く撮影するようになり、Corbis 社向けにポートレートやライフスタイルのストック写真も撮影。さらに09年にはExileがプロデュースするアパレルブランド24karatsから、田中が過去に撮影したアーティスト写真をプリントしたTシャツ・シリーズもリリースされた。

飾り少ない空間でもエネルギーに溢れ印象深いイメージを生み出すことで知られる田中は、レオナルド・ディカプリオやビヨンセ、オノ・ヨーコといった著名人のポートレートはもちろん、UniqloやCasio用プロジェクト作品も撮り下ろしてきた。これまでの主な作品掲載媒体は、The New York Times紙、Plus 81、Woofin’、月刊Exileなど。

2011年秋、約20年のアメリカでの活動を終え日本へ帰国。現在は東京を拠点に活動し、世界の媒体を通して作品を発表している。